エピローグ

〔暗転〕

私は汽車に乗っていた。


授業編成の関係でお休みが続いたため、それを利用して私は帰省しようとしていた。


叔父さまのお屋敷に戻るのは、およそ1ヶ月半ぶりになる。

 

 

〔駅〕

G:…………。〔主人公をさがしている〕


主:ジル!


G:……アストリッド!


私はジルに駆け寄った。


G:お帰り、姫。〔微笑んでいる〕


主:ただいま、ジル。


G:元気にしてたかい?


主:ええ。

  ジルは?

 

G:ああ、私もだ。

 

主:お仕事はどう?

  なかなか大変でしょう?

 

G:そうだね。

  どの程度サイラスの期待に応えられているかはわからないが、私なりにやらせてもらっているよ。


主:ふふっ。大丈夫よ。

  ジルはよく気がつくし、なんでも上手だもの。

  一緒に家事をやっていてそう思ったわ。


G:……………。〔物思いに沈んだ顔〕


主:……ジル、どうかしたの?


いつしかジルの顔から微笑が消えていた。


G:…………アストリッド、私は。

  ……本当は君に、ハイアベルグへ行かないで欲しいと思っていた。


主:え?


G:教養は学校へ通わずとも家庭教師でも雇えば身につけられる。

  だから学生など辞めて、私とあの屋敷で一緒に暮らして欲しい…そう思っていた。


主:…ジル…。


G:私がただの…解放されていない人形なら、私は君の側に置いてもらえただろう。

  ジャックがサイラスと共にいるように。

  でも、今の私は君にそれを求めることは出来ない。

  この器は、もう人間の魂を必要とはしないのだからね。


主:………ねえ、ジル。


G:なんだい?


主:ジルは……解放されてよかったって思ってる?


ジルも過去には解放を望んだことがあっただろう。

だけどあのときのジルは、解放を切望していたわけではなかったと思う。


G:…………そうだね。

  …………。

 

ジルは、少し考えているようだった。


G:“解放の術”は、本来、存在しない術…とでも言えばいいのかな。

  解放の術が完成したのは人形の時代の末期であったし、完成後もその術は厳重に世間から隠されていた。

  今でこそ解放の術は精霊人形周知の事実だが、当時の人形たちにとって、人間の束縛から逃れて生きるなど、“夢”…決して叶わない願いでしかなかった。

  精霊人形が生きるとは、すなわち人間と共にある…ということだったのだよ。


“人形の時代”を生きた精霊人形たちにとってオーナーの存在は、条件が厳しいとはいえ解放という選択肢を持っている現代の精霊人形たちより、さらに重く、大きかったことだろう。


G:……人に縛られて生きる精霊人形は、君の目には憐れに見えたかもしれないが…。

  人の命を拠り所として生きる精霊人形としての人生もまた、決して辛いばかりではないのだよ。

  事実私は、君の人形としてずっと生きていかれたら、どんなに幸せだろうと思っていたのだし。


主:……ジル。


G:ふっ。…とは言え、精霊人形にとって究極の願いとは何かと問われれば、それはやはり解放だろう。

  接蝕を必要とする限り、精霊人形に他の生命たちと同じ自由はないのだからね。

  精霊人形にとって解放は、不完全な精霊人形というあり方が、ひとつの生命として完成するために不可欠なステップなのだと思う。

  だから、やはり解放は歓迎すべきことなのだろう。

  それに。

 

主:「それに」?


G:解放された今の私であれば、君の気持ちに反してでも、私は自分の意志を君に押し通すことが出来る。


主:え。

 

G:私はもう二度と、君に命を捨てるようなことをさせない。


主:……!


ジルの言葉は、私の胸に突き刺さった。


“あの日”ジルは、オーナーに決して逆らえない我が身の無力さを心底呪ったに違いない。

 

G:…………。〔微笑む〕

  さあ、行こう。アストリッド。

  荷物は私が持つよ。馬車も用意してある。

 

主:…ええ。ありがとう。


そう答えると、ジルは私の旅行鞄を左手に持ち。

右手を私の肩に手を回した。


主:…!

  ……………。

 

G:姫、どうかしたのかい?


主:その……なんでもないわ。


ジルは当然のように私の肩に手を回したけれど。

私は胸がドキドキして、落ち着かなかった。

でも、それをジルに知られるのは恥ずかしくてなんともないふりをした。

 

G:姫。


主:なに?

 

ジルの瞳を見つめ返したら、自分の動揺がジルに伝わってしまいそうで、私はジルから目を逸らしたまま返事をした。


G:どうしたことかな。

  姫の体はずいぶん強張っているようだ。

  ……ああ。

  長旅のせいだね、可哀相に。

 

ジルは、自分の胸を私の肩に擦りつけるようにして私の耳に唇を近づけ、そうささやいた。


主:…!!

  えっ…あのっ。

  ………そ、そうね。


いっそう距離が縮まったせいで、ジルの髪が、吐息が私の頬にかかる。

そのせいで胸の鼓動はより強く激しくなって、私はますますジルの顔が見れなくなっていた。


どっ…どうしよう…。

それとなくジルから離れた方がいいのかな…。

…でも、なんだか体がすくんで…。

…ど、ど、どうしよう…。


G:………ふふっ。


主:…?


この濃密な空気にそぐわない、微風のような笑い声を立てたジルを私は見上げた。


G:やれやれ、私の姫はずいぶんとねんねのようだ。

  この様子では、一人前のレディになるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。

 

主:……………。


わざとらしく困った顔を作っているジルを、私はちょっと睨んだ。


……もうっ。

ジルって、こんな性格だったっけ?

前はもっと紳士的でやさしかったのに…!

 

私は、ジルを心の中でなじることで、恥ずかしさから逃れようとした。


と、ふいに。

ジルの顔から、私をからかうような微笑が消えた。


G:姫。解放された今、私はもう自由の身だ。

  …………自由のはずなのに、私の心も体も、遠く離れた君に縛られ続けていた。


私の肩を抱くジルの手に力が込められる。

 

G:…………。

  さあ、帰ろう、アストリッド。私たちの家に。

  私は、あの屋敷で。

  毎日君の帰りだけを待っていたのだよ。

 

……………。

…………ジル…。


私には、帰る場所がある。

そして、私の帰りを心待ちにしてくれている人がいる。


私は、改めてジルの瞳を見上げた。

琥珀の瞳が、私を穏やかに見つめている。


主:………ありがとう、ジル。

  ええ、帰りましょう。私たちの家に。


そう答えた私に、ジルは静かに…でもしっかりとうなずき、微笑んでくれた。


その微笑み一つで。

私は、薔薇の香りを胸いっぱいに吸い込んだような気分になった。

……きっと私の頬も、薔薇色に染まっていることだろう。

 

 

 『人形と解放』編(ひとつめのおはなし)G:1st doll解放Ver. END(6)

 

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