【分岐Ｂ】第６章：運命の朝
（２）
▼鋭い叫びが、空を切り裂いた。
〔カラスの鳴き声〕
叫び声の主はカラスだった。
と、その声に追従するように激しい羽音が起こり、木陰から数羽のカラスが舞い上がった。
そしてカラスたちはひとしきり騒いだ後、早朝の空へと消え。
辺りは再び静けさを取り戻した。
Ｊ：……なるほど。
おまえは、他の人間とは違う独自の思考を持っているようだ。
その思考は、研究に値するだろうが…それは追々するとしよう。
では、アストリッド。覚悟はいいな？
主：……ええ。
でも、ジャック。最期にお願いがあるわ。
私には、ジャックに魂を渡すと決めたときから考えていたことがあった。
Ｊ：………何だ。
主：剣を私に貸して。
魂は自分で取り出すわ。
Ｊ：……………。
今、なんと言った。
主：魂は、自分で取り出すって言ったの。
だから、その剣を私に貸して。
Ｊ：…………？
主：ジャック。あなたの新しい人生がこれから始まるのよ。
その門出を血で汚してはいけない。罪と引き換えに得た自由ではいけないわ。
だから魂は私が自分で取り出す。
その剣で胸を突けばいいんでしょう？
Ｉ：…位置的には鳩尾だ。
主：…わかったわ。鳩尾を狙えばいいのね。
人形たち：……！
Ｊ：…………。〔わずかに眉を寄せている〕
ジャックは混乱しているようだった。
そうよね。もし、その剣を奪って逃げられたら、機会は失われてしまう。
簡単には信用してもらえないかもしれない。
でも同じ魂なら、罪に塗れた魂ではなく、何ら疾しさのない魂をジャックに受け取って欲しかった。
人形たち：…………。
人形たちは皆、押し黙っていた。
ジャックを除く人形たちは、いわば“立会人”だ。
今、彼らはどんな気持ちで、仲間の解放を見守っているのだろう…。
Ｊ：断る。
魂の摘出におまえの手を借りる必要はない。
ジャックは端的にそれだけ答えた。
さっき眉間に浮かんだ混乱の表情も今は消え。
灰色の瞳に、人間の持つ「揺らぎ」のようなものは一切感じられなかった。
人形の彼は、命を奪うことに対する罪悪感そのものが希薄なのかもしれない。
主：……わかったわ、ジャック。
これ以上、言うことは何もないわ。
私は、私を見ている精霊人形たち１人１人の顔に目をやった。
漆黒の人形、ジャック。
金色の人形、ホブルディ。
緋色の人形、ウィル。
銀色の人形、イグニス。
命を得た奇跡の人形たち。
精霊人形たちは、私に素晴らしい夢と、ときめきを与えてくれた。
まさかこんな幕切れになるとは思わなかったけれど…。
でも、出会ったことを後悔はしていない。
私は、もう１度ジャックに視線を戻した。
Ｊ：……………。
漆黒の人形。ジャック。
真理を追い求め、人間の自由を羨んでいた人形。
……どうか“解放”が、彼の救いとなりますように……。
そう祈って、私は瞼を閉じた。
〔暗転〕
すべての景色が消え。
私は、自分の心だけを感じていた。
今、私を埋め尽くしているのは“彼”。
彼は、私を呑み込もうとしている闇を払い。
私を脅かしているすべてを退けてくれた。
私は彼によって守られていた。
見ることも、触れることも出来ないけれど。
彼は確かにこの胸の内に住み。
決して強くはない私を支え、励まし、導いてくれている。
私は、彼の名前をそっとつぶやいた。
「…………ジル…」
と。
そのとき。
私と彼を隔てていた曇りが、またたく間に洗い流され。
彼の姿が、まばゆい光の中、鮮やかに描き出された。
Ｇ：……………。〔微笑んでいる〕
「ジル！」
両手を伸ばした私は、ただ心の命じるまま。
１番愛しい人に向かってこの身を投げ出し。
彼は私の体を、その胸でしっかりと抱きとめてくれた。
…………私は。
最期の瞬間を。
彼の腕の中で、彼と共に迎えた。