第4章:アクシデント

(1)

〔黒背景〕

朝食の準備のために、私はいつものようにキッチンに向かった。

 

〔キッチン〕

G:………………。〔沈んだ顔〕

 

主:おはよう、ジル。

 

G:………。〔少し微笑む〕

 

G:………。〔再び沈んだ顔〕

 

どうして挨拶を返してくれないの?

いつもなら、うっとりするような微笑みで挨拶してくれるのに。

 

G:………。〔相変わらず沈んだ顔〕

 

………それに。

なんだか元気がないみたい…?

でも、接蝕日はまだ先のはずだし。

 

主:ねえ、ジル。もしかして体の具合でも悪いの?

 

私の問いかけに、ジルは小さく頷き、自分の喉元を手で押さえた。

 

主:……?

  ジル、もしかして声が出ないの?

 

 

〔リビング〕

G:………………。

 

S:うーん…。

  やっぱり、全然わからないな…。

  息はちゃんと通ってるようだから、肺じゃなくて声帯に異常があるんだと思うけど…。

 

それがジルの口を覗いた叔父さまの診断結果だった。

 

G:………………。

 

ジルは、疲れたような顔で黙っている。

 

主:ジル、痛みはあるの?

 

G:………………。

 

ジルは首を横に振った。

 

主:苦しい?

 

G:………………。

 

ジルはまた首を横に振った。

 

よかった。

とりあえず、声が出ない以外は問題ないみたい。

 

S:しかし、どうしたものかな。

  医者に見せるわけにもいかないし。

  となると、人形師か?

  しかしなー、ジルはただの人形じゃないからなあ。

 

G:…………。

 

と、ふいにジルは立ち上がった。

そしてサイドテーブルから鉛筆とメモ用紙を取ってくると、そこに文字を綴りだした。

 

綴られたのはだいたいこんな内容だった。

 

おそらく声帯の異常は劣化のせいだろう。

声帯を取り替えれば問題はないはずだ。

そして、ここの地下室には予備のパーツがある。

 

S:つまり、修繕(リペア)可能ってこと?

 

ジルは頷いた。

 

よかった…!

ジルの声、元に戻るんだ!

あ…でも。

 

S:でも、ジルを分解しなきゃならないんだろ?

  誰がそれを…。

 

ジルは叔父さまを見た。

 

S:僕?!

  …う、うーん、ジルを直してやりたいのはやまやまだけど…。

  やったことないからなあ…。

  うーん…。弱ったね、こりゃ。

  ……………。

 

ジルは叔父さまを見ていた。

 

S:……………。

 

私も叔父さまを見た。

 

S:……………。

  ……………。

  ……………。

  ……………。〔ため息〕

  まあ…仕方ないか。よし、引き受けよう。

 

主:叔父さま、私も手伝うわ。

  だってジルは私の人形なんだもの。私が…。

 

そう言いかけたとき、ジルは私の腕をつかみ。

 

G:…………。

 

首を横に振った。

 

え?私はダメってこと?

 

そしてジルは再び鉛筆を持つと、何か綴って私に寄越した。

 

主:「ウィルかホブルディ」…?

  ウィルかルディの手を借りたいってこと?

 

ジルは頷いた。

 

S:そう!それだよ、それ!

  人形のことは人形に助けてもらうべきだよな!うん。

  あー、ヨカッタ。正直、怖いと思ってたんだよね、ジルを分解するの。

  僕は助手にまわるから、修理はどっちかに任せよう。うん、それがいい。

  ジル、仲間がいてホントによかったなあ。

 

G:…………。

 

肩の荷が下りたのか一気に明るくなった叔父さまに比べ、ジルは微妙な微笑みをうかべていた。

 

…そうよね、どちらかに立ち会ってもらえるなら安心だ。

人形の器のことも私たちより詳しいだろうし。

私より、ずっと頼りになる。

 

修理は、器がただの人形に戻る休眠中に行うことに決め、さっそく私はウィルのところへ行った。

 

 

〔ワイルダー邸〕

事情を話すと

 

W:…………。〔ため息〕

  面倒くせえ頼みだが、しょうがねえな。

  まあ、あの腹黒じゃなくて、俺を選んだことだけは利口だったと褒めてやるぜ。

 

「腹黒」?

腹黒って……もしかしてルディのこと??

私は、ルディの輝くような笑顔を思い出した。

 

……………。

とてもそんな風には見えないけど…。

 

W:いつまでもボケッとつっ立ってねえで、用が済んだんならさっさと帰ったらどうだ、ヒョロヒョロリボン。

 

「ヒョロヒョロリボン」?

………って、今度は私のこと???

 

W:…………。〔小馬鹿にした微笑〕

 

〔ウィル退場〕

 

ウィルはからかうような目で私を見ると、今のあだ名について何の説明もせずに行ってしまった。

 

………………。

とにかく。

 

ウィルの協力も取り付けて、後は修理の日を待つばかりとなった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(2)

〔暗転〕

ジルの声が出なくなって数日が過ぎた。

 

 

〔庭園〕

私は庭を散策していた。

 

カントリーハウスほどではないにしろ、かなりの大きさであるこのお屋敷の庭は、それに見合っただけの広さがある。

ただ、広いと言ってもあまり様式的な庭園ではなく、手入れは行き届いていても、わりあい自然の雰囲気を持った庭だった。

 

そして、この庭にも薔薇の一画があった。

 

〔薔薇園〕

柵を這う蔓薔薇、地面から真っ直ぐに立つ背の高い大輪の薔薇、足元で身を寄せ合うようにしている小さな薔薇。

大きさも、色も、形もさまざまながら、皆、命の喜びに満ち溢れているように生き生きと咲き誇っている。

 

あの日からジルは一言も発していない。

ジルは普段から落ち着いていて、私の気持ちを察するのが上手なせいだろうか。

数日が過ぎるうちに、彼が無言であることに違和感がなくなっていた。

私が困っていれば手を差し伸べ、目が合えば微笑んでくれるジル。

物言わぬジルは、その仕草に、より一層の優美とやさしさが宿っていた。

 

G:……………。

 

あ、ジル。

ジルもここにいたのね。

でも、私には気づいてないみたい…。

 

G:……………。

 

ジルは、この薔薇の園で1番目を惹くであろう、真紅の薔薇を折った。

1本、2本、3本…。

赤い薔薇が、ジルの手の中に集められてゆく。

 

リビングの大きな花瓶にでも飾るつもりなのか、ジルはさらに薔薇を折り続けた。

 

葉が触れ合い、茎が折られる乾いた音だけが庭に響く。

 

その様子は、私に奇妙な妄想を呼び起こした。

 

……ああ、この人は薔薇の精霊王だ。

薔薇たちは皆、この美しい王に手折られたがっている。

王の寵愛を一時でも受けられるのならば。

命など少しも惜しくない。

そう思って、薔薇たちは一心にその生命を燃やしている……。

 

G:………。〔主人公を見る〕

 

あ、私に気づいた?

 

ジルは、薔薇の束を抱えて私の前までやってくると。

 

G:………。

 

花束を私に差し出し。

私はそれを受け取った。

 

G:………………。

 

ジルは無言で私を見つめている。

 

今。私は。

彼の琥珀の瞳に、どんな風に映っているのだろう…。

彼が折った薔薇を抱いている私を。

薔薇の王はどう思って眺めているのだろう…。

 

と、そのとき。

大きくジルが動いて。

 

主:!!

 

気がついたら、私はジルの腕の中にいた。

 

私はとても驚いて。

胸がすごくドキドキして。

恥ずかしくて。

少し怖かった。

 

私を囲うジルの呪縛はとてもゆるやかで、その戒めを振り払うことなど簡単に出来たかもしれない。

でも、その腕から逃れたいとは思えなくて。

私はじっとしていた。

………薔薇に顔を埋めながら。

 

G:………………。

 

薔薇は、そして薔薇の王の胸は、私を世界から隠している。

私の秘密を知るのは、薔薇の王と、物言わぬ無数の薔薇たちだけ…。

 

甘いだけではない、青い苦みを含んだ植物の匂いの中。

私は高鳴る胸を抱え、薔薇の陰で息をひそめていた。

 

…どれくらいそうしていただろう…。

 

G:…………。

 

ゆっくりと腕をほどいたジルは、薔薇を抱く私の手を取り、軽く引いた。

 

G:…………。〔穏やかに微笑みかける〕

 

ジルは、お屋敷に戻ろうと言っているようだった。

 

私は黙って頷き。

引かれるままに歩き出した。

 

 

〔リビング〕

修理の日は3日後に迫っていた。

 

ジルには1日も早く声を取り戻して欲しかったけれど、でも、修理そのものはやっぱり心配だった。

だって、人間でいうところの手術のようなものだもの。

分解して、直して、また組み立てなければならない。

 

叔父さまによると、精霊人形の器の仕組みそのものはビックリするくらい単純らしい。

それなのに人間のように動けるのは、精霊人形の素材が特別なものだからだそうだ。

 

特別な素材…それは、“始原の土”と呼ばれるものだ。

この土には2つの大きな特性がある。

 

1つは、魂を受け入れられる物質である、ということだ。

この土を材料に、神様はあらゆる生き物の身体をお創りになった。

そこへ、物質に生命というシステムを発動する“生へのスイッチ”とでもいうべき魂を宿らせ、命あるもの…つまり生物を誕生させたのだそうだ。

 

この精霊人形にまつわる書物による、人間…ひいては生命の誕生とでもいう物語の真偽のほどはわからない。

ただ、精霊人形が魂を宿せる唯一の物質である始原の土から作られていることは事実だった。

 

そして2つ目の特性は、“原型(オリジナル)への志向性”を潜在的に持っているということだった。

原型とは神様がお創りになった形のことだ。

魂が与えられたとき、土が持つこの志向性が発動される。

簡単に言うと、魂を得たとき、人間の形をした器は人間になろうとする、ということだ。

だから精霊人形にとって重要なのは、器が持つこの“原型への志向性”を発動させることだった。

もちろんある程度の機能性がなくては、人形は自ら動くことは出来ない。

だけど機械のような高度で厳密な装置は必要なく、魂が宿ったとき、器に“自分は人間である…すなわち、人間にならなくてはならない”と判断させることが最も重要なのだった。

 

その結果が、あの精緻な容貌とシンプルな内部構造なのだろう、と叔父さまは言った。

 

〔呼び鈴〕

 

あ、お客様。

 

私は玄関に向かった。

 

 

〔玄関(内)〕

M:こんにちは。

  突然ごめんなさい。遊びに来ちゃった。

 

やって来たのはモニカだった。

 

主:いらっしゃい。どうぞ上がって。

 

 

〔廊下〕

G:……………。

 

M:あ、ジルさん、こんにちは。

 

…………。

出来れば、ジルに会わせたくなかったんだけど…。

 

G:………。

 

主:モニカ、ごめんなさい。

  今、ジルは喉をいためてて、お話出来ないの。

 

M:え、そうなの。それはお気の毒ね。

  あ、そうだわ。今日は私、パイを焼いてきたの。

  ジルさんも一緒にどうかしら?

 

モニカ…なんでまた突然そんなことを…。

ジルは人形だから食事が出来ない。

 

はっ!まさか、モニカはジルを試そうとしているの?

食事の様子で、ジルが人間かどうかを試そうとしている??

そうね…この間、モニカはジルを疑っていたもの。

その可能性はある…。

…まあ、そうじゃない可能性も十分あるけど。

と、とにかく。食事はまずいわ。

 

そうだ!とりあえず、ジルは病人ってことにしとこう。

そう、それがいいわ。

 

主:今、ジルはお腹も壊してて…その

 

言いかけた私の唇に、ジルの指が軽くふれた。

 

主:!?

 

G:……。

 

え?何?

これ以上しゃべるなってこと?

 

〔ジル退場〕

 

ジルはキッチンに向かったようだった。

 

主:…えっと。とにかく、こっちへ。

 

私はモニカをリビングに通した。

 

 

〔リビング〕

主:…………。

 

M:…………。

 

G:…………。

 

ジルはモニカのパイを3人分切り出し、お皿に盛り付けると私たちの前に並べた。

 

そしてジルは

 

G:…………。

 

パイを食べた。

 

うそっ。

うそっ!

うそーーーっ。

 

精霊人形って、食事が出来るの!?

まさか、ものすごく無理してるんじゃ…?

 

G:…………。

 

ジルはいたって普段通りだった。

 

そしてジルはお皿を空にすると

 

G:…………。〔にっこり〕

 

席を立った。

 

M:ねえ…アストリッド。

  私のパイ、おいしそうじゃないかしら?

 

主:えっ?

 

私は自分のパイにまったく手をつけていなかった。

 

主:えっ!?えっ、ええ。もちろん、いただくわ。

  とってもおいしそうね。

 

私は慌ててパイを口に運んだ。

 

主:とってもおいしいわ。ホントに、ホント…うっ。

  ごほっ。ごほっ。

  ご…ごめんなさい。ホントにおいしいのよ。けほっ。けほっ。

 

慌てて食べたせいで、パイがヘンなところに…。

うう、恥かしい…。

 

M:……………。〔少しあきれ顔〕

 

ジルがパイを食べた…そのことが衝撃だった。

奇跡の人形、精霊人形…。

私の知らないことが、まだまだあるのね…。

 

 

〔玄関(内)〕

M:今日は突然来ちゃってごめんなさい。

 

主:大丈夫よ。いつでも遊びに来てね。

 

そう言いながらも。

ジルには出来るだけ会わせたくない…。

そんな気持ちが、私の笑顔に水を差した。

 

M:あのね、アストリッド。

  私、今日改めて思ったんだけど。

 

主:何?

 

M:あの人…亡霊みたいね。

 

主:…あの人って、ジルのこと?

 

M:……どうしてかな。

  あの人、この世の人じゃないような気がする…。

 

主:!!

 

M:今日はとっても楽しかったわ。

  じゃ、またね。

 

〔モニカ退場・ドアの開閉音〕

 

私はモニカがドアの向こうに消えた後も、しばらくその場に佇んでいた。

 

「あの人…亡霊みたいね」

 

耳に甦ったモニカの声を聞きながら、私はドアに背を向けた。

 

G:……………。

 

主:ジル!

 

いつから…。

 

もしかして、モニカを見送っていた…?

 

G:…………。

 

〔ジル退場〕

 

………………。

モニカは。

きっと特別な女の子だ。

 

間違いなくモニカは、ジルが人間ではないことを感じ取っている。

 

私には出来ないことだ。

ほとんどの人間がそうであるように。

 

ジルはそんなモニカをどう思っているのだろう。

興味があるだろうか、そんな特別な力を持つ女の子に。

 

そう思ったとき、胸がチクリと痛んだ。

 

………ああ。

これは嫉妬だ。

私、嫉妬している。

 

ジルは、モニカに興味がある。

 

それは私の想像に過ぎなかった。

でも、その想像は私を苛立たせるのに充分だった。

 

………………。

 

やめよう。こんな想像。

想像は想像。事実じゃない。

事実は。

もしもジルが、私以外の女の子に興味を持ったとしたら、私はきっと嫉妬せずにいられない…ということだった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(3)

〔リビング〕

今日はいよいよ修理の日だ。

ウィルはもうやって来ていたし、接蝕も済ませてあった。

ジルは今、地下室で眠っている。

 

主:ねえ、叔父さま。

  私、修理のお手伝いは出来なくても、ジルに付き添っていたいんだけど…。

 

S:んっ?ああ…。

  実はさ、ジルに頼まれてることがあってね。

 

主:?

 

S:接蝕を終えたら、自分が目を覚ますまでアズを地下室に入れるなってさ。

 

主:え…どうして?

  どうして私はダメなの?

 

S:うーん。

  まあ、病人の頼みだからさ、あれこれ言わずに聞き入れてやってくれないかな。

 

主:……………。

 

そうね…ジルがそう望むなら。

でも私は少し、悲しい気持ちになった。

私、ジルに信用されていないのかな…。

私はジルのオーナーなのに。

 

主:…わかりました。じゃあ、私はここで修理が終わるのを待ちます。

  ウィル、叔父さま。どうかジルをお願いします。

 

W:ああ。

  さあ、さっさと始めるぞ。

 

S:じゃ、行ってくるよ。

 

〔サイラス・ウィル退場・ドアの開閉音〕

 

私は1人、リビングで待っていた。

 

神様、どうか無事に修理が終わりますように…。

ジルの声が元に戻りますように…。

 

………………。

 

1時間ほどが過ぎた頃だろうか。

 

〔ドアの開閉音〕

 

W:終わったぞ。

 

主:ジルは直ったの?

 

W:ああ、とりあえず修理は終わったぜ。

  後は休眠から覚めるのを待つだけだ。

 

主:…よかった。

 

W:ま、今回は器に手を入れているからな。

  普段より目を覚ますのが遅れるかもしれねえな。

 

主:…わかったわ。

  ウィルもお疲れさま。今日は本当にありがとう。

 

W:ああ。

 

主:…ねえ、ウィル。

  私、信用ないのかな。

  修理の手伝いも、付き添うこともダメだなんて。

  私はジルのオーナーなのに。

 

W:………。

  俺が思うに、たぶんそういう理由じゃねえな。

 

主:?

 

W:ジルはおまえに、分解された姿を見せたくなかったんだろうよ。

  バラされた人形なんて、ホラーやオカルトの小道具にはぴったりだろうが、ようするにそういう有様になるわけだからな。

  おまえを立ち会わせなかったのは、おまえをオーナーとして信頼していないというよりも、あいつの「美意識」とやらに反するってことが理由だったんじゃねえかと俺は思うぜ。

 

ジルの美意識…。

 

W:ま、それはさておきだ。

  アストリッド。おまえは、精霊人形と人間ではどっちが優れていると思う?

 

主:え?

 

W:精霊人形は年を取らない上、寿命だって人間よりずっと長い。

  しかも、睡眠も食事も必要とせず、精霊の力を利用して人間を上回る能力を発揮することも出来る。

  だったら、精霊人形の方が人間よりずっと優れてるんじゃねえか?

 

ウィルの言う「精霊の力」というものについてはよくわからないけれど。

確かに、ウィルが並べた点を比べれば、精霊人形は人間に勝っているように思えた。

 

W:…だがな。そんな精霊人形も、決して不死身じゃない。

  おまえは、精霊人形の人格や記憶…、いわゆる心はどこにあると思っている?

 

主:精霊人形の心…?

  人間なら頭よね…。

  あ、それとも魂…かな?

 

私は精霊人形と出会うまで、魂を現実のものとしては信じていなかった。

でも今は違う。

魂は実在する。精霊人形にも、人間にも。

 

W:答えは器だ。疑似魂じゃない。

  魂は、物質に命を与える装置の一つに過ぎないからな。

  もう少し詳しく言うなら、心は、器の首から上の外殻に宿っている。

  それは、手足や内部パーツなら取り換えがきくが、頭部が大きく破損すれば、その人形の心も失われるということだ。

  つまりは精霊人形の死だ。

 

「精霊人形も死ぬ」

 

初めて聞く話だった。

もしも“擬似魂”…すなわち魂という神秘的なものが心そのものなら、精霊人形の命は永遠たりえるのかもしれない。

でも、器にこそ心があるのなら。

いつかは死を迎えるということは必然なのだろう。

だって、形あるものはいつか必ず壊れるのだから。

 

W:精霊人形もいつかは死ぬ。人間と同じようにな。

  ……いや、多少は復元力があるといったところで、自己治癒力はねえし、そもそも人間を頼らなけりゃあ生きられない人形は、ある意味人間以上に脆い命なのかもしれねえな。

 

「人間以上に脆い命」

 

私はウィルの言葉を胸に刻んだ。

 

W:…ふっ。柄にもなく余計なことをしゃべりすぎちまったようだ。

  さてと、仕事も片付いたことだし、そろそろ帰るとするか。

 

主:今日は本当にありがとう、ウィル。

 

W:ああ。

  また何かあれば俺に相談しろ。

  あの腹黒に相談するくらいなら、俺の方がよっぽど頼りになるぜ。

 

………………。

またルディのことを「腹黒」って…。

2人の間に何かあったのかな…。

 

W:じゃあまたな、ヒョロヒョロリボン。

 

〔ウィル退場〕

 

「ヒョロヒョロリボン」…。

やっぱり私のことなのね…。

 

 

〔夜・リビング〕

私は時計を見た。

いつもならとっくにベッドに入っている時間だ。

 

S:…ああ、もうこんな時間か。

  アズはジルが目を覚ますまで起きてるつもりなんだろ?

 

私は頷いた。

 

S:僕は先に休むよ。

  じゃ。おやすみ。

 

主:おやすみなさい。叔父さま。

 

〔サイラス退場・ドアの開閉音〕

 

1人になった私は、窓の外に目をやった。

 

あの日、もしも雨が降らなかったら。

 

私はあの荷物を開けなかった。

 

そしてジルは叔父さまの人形として目覚めただろう。

 

………不思議ね。

 

あの日、雨が降って…荷物を開けて…私はジルのオーナーになった。

 

「精霊人形として、誠意と敬意をもって君に仕えよう」

ジルは目覚めたとき、そう言ってくれた。

あの日からそれなりに時間が経ったけど。

彼のその思いは、今も変わっていないだろうか…。

 

〔ドアの開閉音〕

 

G:まだ起きていたのかい?アストリッド。

 

主:ジル!

 

私は立ち上がった。

 

主:声、戻ったのね!

 

G:ああ、この通りだよ。

 

ジルのあたたかい声が、私を包む。

 

主:よかった…。本当によかった。

 

………?

あれ…、なんだか…視界がぼやけて…。

 

G:……!

  アストリッド、泣いているのかい?

 

私は頷いた。

 

主:だって…私…本当によかったって…。

  ジルの声がまた聞けて…本当にうれしいって…私…。

 

G:ありがとう、アストリッド。

  だが、人形の私に君の涙などもったいないよ。

 

主:……………。

  ………もったいなくなんかないわ、ジル。

 

私は首を横に振った。

 

主:私の大切な人が、声を取り戻してくれたんだもの。

  そのうれしい気持ちは、その人が人間でも、人形でも、少しも変わらないわ…。

  だから、涙だって…同じに…。

 

終わりの方は、ちゃんとした言葉にならなかった。

 

G:……すまない。

  君は、人形を人間と同じように考えてくれているんだったね。

  ………では、もう1度、言わせてもらおう。

  ありがとう。アストリッド。

  こんなにも私の身を案じてくれて…私も心からうれしく思う。

 

……ジル。

 

G:…だが、もう、泣き止んでほしい。

  君には、涙より笑顔の方が似合う。

 

そう言うと、ジルは私の頬の涙をやさしくぬぐってくれた。

 

G:ああ、もう夜も遅い。君は休まなくてはいけないよ。

  さあ姫、そのお手を私に。

 

ジルは私に手を差し出し。

私はその手に自分の手を重ねた。

 

G:私に、姫を寝室までお送りする栄誉をお与えください。

 

そう言ってジルは微笑んだ。

 

…………ああ。

ジルのこの美しい微笑みは。

このやさしい声と一緒がいい…。

私は、改めてそう思った。

 

 

第5章