エピローグ

〔黒背景〕
私は今、叔父さまのお屋敷にいた。


私がこの街に帰ってくるのは、およそ1ヶ月半ぶりだ。
授業編成の関係でお休みが続いたため、それを利用して私は帰省していたのだった。

 

〔庭〕
J:…………。


私は、ジャックと庭を散策していた。


そう言えば、ジャックが目覚めて間もない頃も、こうして一緒にお庭を見てたことがあったっけ。
あのときは、芋虫が私のブラウスに入って…ジャックがそれを取ろうとして。
そのやり方が強引で、すごくびっくりして。
彼とうまくやっていけるのかなって思ったけど。


……ふふっ。
今、思い返すと、そんなことも楽しい思い出だわ…。


と、ふいに。
ジャックは、私の髪を一束、取り上げた。


主:!


ジャックの突飛な行動には、それなりに慣れたつもりだけど。
でもこういうのは、また違う意味でドキッとする…。


J:……………。


取り上げたまま、ジャックは親指の腹でそれを撫でている。


主:…何?ジャック。


平静を装って、私は尋ねた。


J:………前々から疑問に思っていたのだが。
  おまえに触れると、皮膚感覚とは違う奇妙な感覚を覚える。
  精霊人形は自分のオーナーに、他の人間とは違う気配を感じる。
  それゆえ、おまえに感じる奇妙な感覚はその類のものと結論づけて、これまではあまり気にとめないようにしていたが…どうやらそうではないようだ。
  おまえが俺のオーナーでなくなった今も、その感覚は変わらないのだからな。
  もっとも、俺に宿る魂はおまえのものなのだから、そのことが関与している可能性も考えられなくもない。
  しかし、この感覚は気配とは違う。
  もっと直接的で…強く訴えかけてくるような感覚なのだが…しかしこの感覚が、俺に何を訴えているのかがよくわからない。
  自分自身が感じていることなのに、だ。


ジャックは髪から手を離すと、私の顔を見た。
眼鏡の奥の、灰色の瞳が私を映す。


J:こうしておまえと目を合わせていると…何か、わかりそうな気がするのだが…。
  それよりも、もっといい方法があるような気もするのだ。


…………。
……えっと。
ジャックが言ってること…わかるような…わからないような…。
…………ど、どうしよう…。
…どうしたらいいのかな…。


J:…………。


たじろくほどに自分を見つめているジャックを前にして。
私は、彼から目を逸らした。
だって、これ以上見つめ続けていたら、私のすべてが彼に暴かれてしまうような気がしたから。


と、そのとき。


主:…?


逸らした私の目に、この季節に珍しい“あるもの”が入った。


主:見て、ジャック。


J:何だ。


主:蝶よ。


私の目に入ったのは、朽ちかけた葉っぱの上で羽を休めている1匹の蝶だった。


主:こんな季節に珍しいわね。


彼が興味を持ちそうな別の話題が見つかって、私はちょっとほっとした。


J:……ああ、そうだな。しかし。


ジャックは、私から蝶に視線を移した。


J:こんな時期に羽化するなど…まったく無意味だ。


主:え?


J:何が原因かは知らないが、本来この蝶はこんな時期に羽化はしない。
  つまり、翅を得たところで番うべき相手はどこにもいないということだ。
  この蝶は、居もしない相手を求めて、死ぬまで飛び続けるのだろうな。


そう話すジャックは無表情だった。
ジャックは、ただ事実を語っているだけなのだろう。だけど。
ジャックのそんな様子は、私を寂しい気持ちにさせた。


主:ねえ、ジャック。


私は、側に立つジャックの手を握った。


J:……!
  ……何だ。


主:私は、きっと相手は見つかると思うわ。
  だって、この蝶が羽化したってことは、他の蝶だって羽化する可能性はあるってことでしょう?


J:…それはそうだが…。


主:少しでも可能性があるなら、私はそう信じたいわ。
  どんな境遇に生まれついても、結ばれるべき相手が必ずいるって。


J:……!
  …………………。
  ………そうか…。
  ふっ…そうだな……。俺もそう信じよう。
  この数奇な宿命(さだめ)の蝶にも、運命の相手が現れると。
  俺の前に、おまえが現れたようにな。


そう言うとジャックは、私の手を強く握り返した。


主:ジャック…。


J:見ろ、アストリッド。


私は、ジャックから、再び蝶へと目を移した。


蝶は、大きく羽を動かすと、宙に舞い上がった。
その羽ばたきは、風に踊らされる落ち葉のように、ひらひらと頼りなげだったけれど。
でも、あきらめずに羽ばたき続ければ、きっと素晴しい出会いがあるわ…!


私は、この小さな命に神様のご加護があることを祈りながら。
そして、今、私の手を握っている、不思議な運命のもとに生まれたこの人に出会えたことを神様に感謝しながら。


晩秋の空へと旅立った蝶を見送った。

 

 

      『人形と解放』編(ひとつめのおはなし)J:1st doll解放Ver. END(8)

 

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