第4章:アクシデント

(1)

〔ダイニング〕

私は、テーブルに2人分の朝食を並べ終えた。

 

〔ドアの開閉音〕

 

S:おはよう、アズ。

 

主:おはよう、叔父さま。

 

S:……あれ、ルディは?

 

主:えっと…今朝はまだ顔を見てないわ。

 

S:やれやれ、食事の準備を手伝うのは彼の仕事だろ?

  まさか寝坊…ってことはないだろうから、と、なるとサボりかな?

 

主:………その…。

  私、ちょっと様子を見てきます…。

 

〔暗転〕

ダイニングを出た私は、ルディの部屋に向かった。

 

〔暗転明け・ルディの部屋・ドア前〕

〔ノック音〕

 

H:あっ…アズ?〔ドア越しの声〕

 

主:ええ、私よ。

 

H:ああ…よかった。

  このまま気づいてもらえなかったらどうしようって思ってたんだ…!

 

主:ルディ、どうかしたの?

 

H:うん…ちょっとね…。

  とにかく入ってよ。

 

部屋から出てこようとしないルディを少し奇妙に思いながら、私はドアを開けた。

 

 

〔ダイニング・新聞を読むサイラス〕

S:…『墓荒らし出現』

  このところ、埋葬されたばかりの遺体が盗まれる事件が相次いでいる。死体盗掘人の仕業と思われるが、今のところ犯人の目星はついていない…か。

  ふーん。死体盗掘人って…今日日珍しいね。

  昔は、医学生の解剖用にけっこういい値段で死体が取引されてたらしいけど。

  法律が改正されて、身元不明者や家族の同意があれば解剖に遺体を利用できるようになってからは、そんな汚れた仕事をするメリットもなくなったんじゃなかったっけ?

  ……それとも、金銭以外の目的があるのかな?

 

〔ドアの開閉音〕

 

S:あ、アズ。

  ルディは見つかったかい?

 

主:えっと…叔父さま。そのっ…あんまり、びっくりしないでね。

 

S:?

 

主:ルディ、入って。

 

私は、ドアの陰に隠れるように立っていたルディをダイニングに入れた。

 

H:……………。〔浮かない顔〕

 

S:ああ、ルディ。

  ………?

  ずいぶん浮かない顔だけど、どうかした…んっ?

  あれ?

 

叔父さまも、ルディのただならぬ状況に気づいたようだった。

 

S:………腕。

  なくなってるよね?

  …しかも、両方。

 

叔父さまが言うように、ルディの腕はなくなっていた。

ハンガーに掛けられているかのように、空っぽの両袖がルディの肩から下がっている。

手がなくてはドアノブも回せない。

それでルディは、部屋でじっと助けを待っていたのだった。

 

H:……そうなんだ。

  今朝、早くに突然抜けちゃって。

 

S:「抜けちゃって」って。

  ………………。〔ため息〕

  ………君さ、この非常事態に、よくそんなに落ち着いていられるね。

  さすが人形…。

  ………って、感心してる場合じゃないか。

  …………。〔咳払い〕

  その…痛くはないのかい?

 

H:まあ、違和感はあるけど。

 

S:ところでなんでまた突然こんなことに…。

  何か無理でもしたのかな?

 

H:…ううん。たぶん模造腱の老朽化のせいだと思う。

 

主:模造腱?

 

ルディによると、精霊人形の腕は模造腱と呼ばれる1本の紐を使い、両腕を引き合う形で繋いでいるのだそうだ。

その模造腱が、長い時間を経て朽ちたために切れたのだろう…とのことだった。

 

S:しかし、どうすればいいのかな。

  とにかく、その切れた腱を直すか、新しい腱が必要なんだろ?

 

H:うん。それなんだけどさ。

  ここの地下室で、模造腱の予備を見かけたから、それを使えば…。

 

主:ルディの腕、直せるの!?

 

H:そういうこと。

 

主:…よかった。

 

ルディの腕、元通りになるんだ!

よかった。…本当によかった。

……………。

 

H:……………。

  ……ねえ。

  泣いてるの?

 

主:えっ。

 

H:泣いてるの?アストリッド。

 

主:なっ…泣いてなんて…。

 

私はごまかそうとした。

 

…だけど。涙が…勝手に…。

 

H:……!

  君が泣くことないじゃないか。

  人形の故障なんて、君は痛くも痒くもないだろ?

 

主:…ううん。

 

私は首を横に振った。

 

主:痛いわよ。ルディ。

 

H:…?

 

主:ルディのその姿を見てたら、胸が痛くて、すごく悲しくて…。

 

H:…………。

 

主:………ごめんなさい。

  もう大丈夫ってわかったから、泣くことないって…わかっているのに。

  今頃になって涙が…。

 

そう、大丈夫なんだから…。

 

私は自分に言い聞かせて、涙をこらえようとしたけれど。

涙はなかなか止まってくれなかった。

 

H:…………!

  ………………。〔ため息〕

  僕は…、そういう湿っぽい感じって好きじゃないよ…。〔困惑顔〕

 

…ごめんね、ルディ…。

 

S:………。〔咳払い〕

  スペアがあることはわかった。

  でも、誰かが修理(リペア)しなきゃならないんだろ?

 

H:そうだね。

  修理自体は腕を繋ぐだけだから、そんなにむずかしくないと思うけど。

 

S:で、それ、誰がやるわけ?

 

H:僕は、サイラスが適当だと思うな。

 

S:ええっ!僕!?

  …う、うーん、ルディを直してやりたいのはやまやまだけど…。

  やったことないからなあ…。

  うーん…。弱ったね、こりゃ。

  ……………。

 

H:……………。

 

ルディは叔父さまを見ていた。

 

S:……………。

 

私も叔父さまを見た。

 

S:……………。

  ……………。

  ……………。

  ……………。〔ため息〕

  まあ…仕方ないか。よし、引き受けよう。

 

主:叔父さま、私も手伝うわ。

  だって、ルディは私の人形なんだもの。私が…。

 

H:ううん。それよりも、ジャックかウィルに頼んだらどうかな。

 

S:そう!それだよ、それ!

  人形のことは人形に助けてもらうべきだよな!うん。

  あー、ヨカッタ。正直、怖いと思ってたんだよね、ルディを分解するの。

  僕は助手にまわるから、修理はどっちかに任せよう。うん、それがいい。

  ルディ、仲間がいてホントによかったなあ。

 

H:…………。

 

肩の荷が下りたのか、一気に明るくなった叔父さまに比べ、ルディは微妙な顔だった。

 

…そうよね、どちらかに立ち会ってもらえるなら安心だ。

人形の器のことも私たちより詳しいだろうし。

私より、ずっと頼りになる。

 

修理は、器がただの人形に戻る休眠中に行うことに決め。

さっそく、私はジャックのところへ行った。

 

〔ベックフォード邸〕

事情を話すと

 

ジャック(以下J):……いいだろう、引き受けようではないか。

          現存している精霊人形の内部構造は皆ほぼ同じと思われるが…それでも何か面白いものが見られるかもしれんしな。

 

……………。

ジャック…修理が目的ってことをくれぐれも忘れないでね…。

 

とにかく。

ジャックの協力も取り付け、後は修理の日を待つばかりとなった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(2)

〔黒背景〕

ルディの両腕が抜けてから数日が過ぎた。

 

今のルディはできることがほとんどない上、外出などはもっての外で。

とにかく毎日退屈を持て余しているようだった。

 

〔リビング〕

H:ねえ、アズ。何してるの?

 

雑巾を持った私に、ルディが声をかけてきた。

 

主:窓拭きよ。

  たまにはしっかり磨かないとね。

 

H:そうなんだ。

  僕も手伝いたいけど…この体じゃね。

 

そう言ってルディは残念そうな顔をした。

 

主:大丈夫よ、ルディ。ちょうど終わったところだし。

  見て。窓ガラス、ピカピカでしょ?

 

H:ホントだ。いつもよりリビングが明るく感じられるよ。

  そこに立ってると、君の笑顔もいっそう輝いて見えるね。ふふっ。

 

主:…………。

 

褒められるのはうれしいけど…ルディの褒め言葉は、いつもちょっと照れくさい。

 

H:?

  アズ、どうかしたの?

 

主:…ちょっと、目にゴミが入ったみたい…。

 

私は右目をこすった。

 

H:あ、こすらないで。

  ちょっと見せて。

 

ルディは私の右目を覗き込んだ。

 

H:…ああ、睫毛が入ってる。

  僕が取ってあげるよ。

 

主:え?

 

だって、ルディは手が…。

 

H:じっとして…まばたきしないで上の方見てて。

  いいね?

 

ルディはそう言うと、私の顔に自分の顔を近づけてきた。

 

主:…………。

 

私は、すごくドキドキしたけど。

ルディの言う通り、じっとしていた。

 

H:…………。

 

ルディの舌先が、私の右目に触れた。

ルディは、舌を使って、睫毛を取り除いてくれるつもりのようだった。

舌は、ゆっくりと私の眼球をなで、まなじりへと抜けていった。

 

H:…どう?

 

主:…………。

 

私は強めに2、3度まばたいた。

 

主:…ん…もう大丈夫みたい…。

  ありがとう、ルディ。

  ………………。

 

…つい、ルディに言われた通りにしてしまったけど。

よく考えたら…舌で触れられるなんて…けっこう…ううん、かなり恥ずかしい…。

 

H:どういたしまして。

  ……ねえ、アズ。

 

主:何?

 

動揺を隠して、ルディに答える。

 

H:君の瞳を近くで見てたらさ。

  キスしたくなってきちゃったな。

 

主:えっ?

 

H:ね、いいだろ?

 

ルディは再び、私に顔を近づけてきた。

 

えええッ!?

ちょ…ちょっ………!

 

?:……。〔咳払い〕

 

主:!?

 

S:ルディ。暇つぶしに僕の姪を弄ぶのはやめてくれないかな。

 

H:……ちぇっ。ここから先が面白いのに。

  もっと、アズの恥ずかしがってる顔を見たいと思ってたのにさ。

 

………………。

もしかして…私。

 

ルディにからかわれてただけ???

 

S:退屈なのはわかるが、こういうつまらないことを

 

H:わかったよ。わかったからそんなに怒らないでよ。

  軽い冗談じゃないか。

 

S:ルディ。

 

H:はいはい、わかりましたよ。

  病人は病人らしく、ベッドに横にでもなってりゃいいんでしょ?

  …ぜんっぜん眠くないけど!

 

〔ホブルディ退場〕

 

そう言うとルディはリビングを出て行ってしまった。

 

 

<数日後>

 

〔庭〕

H:…………。〔マントコート姿〕

 

私はルディと庭を散策していた。

 

腕を失くして以来、ここ数日ルディはずっとお屋敷に閉じこもりきりだったのだけれど。たまには外の風にあたりたいと言うので、私は彼と一緒に庭に出ていたのだった。

 

庭を見回りながらも、私が考えていたのはルディのことだった。

 

修理の日は明日に迫っていた。

 

ルディには1日も早く腕を取り戻して欲しかったけれど、修理そのものはやっぱり心配だった。

だって、人間でいうところの手術のようなものだもの。

分解して、直して、また組み立てなければならない。

 

叔父さまによると、精霊人形の器の仕組みそのものはビックリするくらい単純らしい。

それなのに人間のように動けるのは、精霊人形の素材が特別なものだからだそうだ。

 

特別な素材…それは、“始原の土”と呼ばれるものだ。

この土には2つの大きな特性がある。

 

ひとつは、魂を受け入れられる物質である、ということだ。

この土を材料に、神様はあらゆる生き物の身体をお創りになった。

そこへ、物質に生命というシステムを発動する“生へのスイッチ”とでもいうべき魂を宿らせ、命あるもの…つまり生物を誕生させたのだそうだ。

 

この精霊人形にまつわる書物による、人間…ひいては生命の誕生とでもいう物語の真偽のほどはわからない。

ただ、精霊人形が魂を宿せる唯一の物質である始原の土から作られていることは事実だった。

 

そして2つ目の特性は、“原型(オリジナル)への志向性”を潜在的に持っているということだった。

原型とは神様がお創りになった形のことだ。

魂が与えられたとき、土が持つこの志向性が発動される。

簡単に言うと、魂を得たとき、人間の形をした器は人間になろうとする、ということだ。

だから精霊人形にとって重要なのは、器が持つこの“原型への志向性”を発動させることだった。

もちろんある程度の機能性がなくては、人形は自ら動くことはできない。

けれど機械のような高度で厳密な装置は必要なく、魂が宿ったとき、器に“自分は人間である…すなわち、人間にならなくてはならない”と判断させることが最も重要なのだった。

 

その結果が、あの精緻な容貌とシンプルな内部構造なのだろう、と叔父さまは言った。

 

H:…………。〔マントコート姿・向こうを見ている〕

 

私は、庭をながめているルディをそっと窺った。

 

棺の中で眠っていたルディを、おとぎの国の王子様みたいだと思ったけれど。

こうして今、改めて目にしても、その印象は変わらなかった。

 

太陽の輝きを持つハニーブロンド。

やわらかい線で描かれた白い頬。

金色の長い睫毛に縁どられたサファイアの瞳。

そして、やさしげでありながら凛々しさも併せ持った顔立ちは、親しみやすさの中にも品格と清らかさを漂わせていた。

 

……ああ、夢の世界に住んでいる王子様が、本物の人間になって目の前にいるみたい…。

 

H:何?〔主人公を見る〕

 

主:えっ。

 

ふいに問われて、私はあわてた。

 

ルディにぼんやり見とれてたなんて、恥ずかしくて言えない…。

でも、何かしゃべらなきゃ。

………あ、そうだ。

 

主:えっと…。

  叔父さまのコート、ルディにサイズが合ってよかったわね。

 

ルディがはおっているコートは、叔父さまのものだ。

そんなものをルディがわざわざ着ているのは、もちろん欠損中の腕を隠すためだった。

お屋敷の敷地内とはいえ、外に出るからにはこのくらいの用心は必要だろう。

 

H:まあ…サイラスと僕は、そんなに背格好が違わないからね。

  でもさ、僕の方が似合うって思わない?

 

主:ふふっ、そうね…。

  でも、こういうシックなテイストは、ふざけてキスを迫るような悪戯好きの男の子より、落ち着いた大人の男性の方がずっと似合うと思うわ。

 

H:…なんだよ、それ。

  僕にはサイラスって結構軽薄に見えるけど。

  ……あーあ、君の“叔父コン”は相変わらずだなあ。

 

主:ふふふっ。

 

ルディのすねたような口調に、私は思わず笑ってしまった。

 

H:…………。〔かすかに微笑んでいる〕

 

笑い声を立てた私を、ルディは微笑んで見つめていた。

その微笑みはとてもかすかで、いつものきらびやかな笑顔と違っていたけれど。

私はその微笑みに、包み込まれるようなあたたかさを感じた。

 

?:こーんにーちはー!

 

遠くから聞こえてきた聞き覚えのある声に、私は振り返った。

 

主:モニカ!

 

〔走る足音〕

 

M:こんにちは、アストリッド。遊びに来ちゃった。

  約束もしてなかったけど…よかったかな?

 

主:もちろん、大丈夫よ。

 

M:あ、ルディさんもこんにちは。

 

H:こんにちは、モニカ。ご機嫌いかがかな?

 

M:………………。〔ルディを見つめる〕

 

H:………?〔困惑気味〕

 

モニカ…すっごくルディのことを見てる…。

 

H:えーと……あ、そうだ。

  僕、これから出かけなきゃいけないんだった。

  モニカ、僕はお相手できないけど、ゆっくりしていってね。

 

そう言ってルディは、いつものきらきらするような笑顔をモニカに見せながら、私に目配せした。

 

そ、そうね。

とにかく、ルディはここからいなくなった方がいいわ。

もし腕がないことを知られたら、とても説明がつかない。

 

H:じゃ、お嬢さん。僕はこれで。

 

〔ルディ退場〕

 

…とりあえず、これでひとまず安心…かな。

 

〔小さな物が落ちる音〕

 

M:?

 

モニカは地面から何かを拾い上げた。

 

M:ルディさん。

  これ、落とされましたよ。

 

ルディは振り返った。

 

モニカが手のひらに載せていたのは、精巧に作られたミニチュアの剣だった。

サイズは、大振りのペンダントトップ…といったところだろうか。

アクセサリーみたいだけど……これ、ルディの持ち物なの?

 

H:………。

 

ルディは振り向いたまま足を止めていた。

 

H:………。〔気まずい表情〕

 

そうだわ!

 

主:ありがとう、モニカ。

  これは、私が預かっておくわ。

 

M:え…?

 

私は強引にモニカの手からそれを取ると、自分のポケットにしまった。

 

……ちょっと、不自然だったかな。

でも、とにかくルディは受け取ることができないのだ。

不審に思われてもかまってはいられなかった。

 

主:ルディ、急いでるんでしょ?

  ね?

 

私はルディに目で合図した。

 

H:う…うん。

  じゃあ、僕はこれで…。

 

〔ルディ退場〕

 

主:さ、モニカ。お屋敷に行きましょう。

 

私は、まだルディの背中を見ていたモニカに声をかけた。

 

 

〔玄関〕

M:今日は突然来ちゃってごめんなさい。

 

主:大丈夫よ。いつでも遊びに来てね。

 

そう言いながらも。

ルディにはできるだけ会わせたくない…。

そんな気持ちが、私の笑顔に水を差した。

 

M:あのね、アストリッド。

  私、今日改めて思ったんだけど。

 

主:何?

 

M:あの人…亡霊みたいね。

 

主:…あの人って、ルディのこと?

 

M:……どうしてかな。

  あの人、この世の人じゃないような気がする…。

 

主:!!

 

M:今日はとっても楽しかったわ。

  じゃ、またね。

 

〔モニカ退場・ドアの開閉音〕

 

私はモニカがドアの向こうに消えた後も、しばらくその場に佇んでいた。

 

「あの人…亡霊みたいね」

 

モニカの言葉を、私は胸で繰り返していた。

 

H:不思議な子だね、モニカって。

 

主:ルディ。

 

それまで隠れていたルディが姿を現した。

 

H:どうも彼女は、僕が普通の人間と違うって感じているみたいだ。

 

主:…そうね。

 

H:ほとんどの人間は、精霊人形と人間を区別することはできないんだけど、たまにいるんだよね、人形と人間を気配で見分ける人間って。

  彼女は、その特別な力を持った人間なのかもしれないね。

  …そうだ。腕が直ったらデートにでも誘ってさ。

  本当に僕の正体を見破れるか試してみようかな。

 

主:…………。

  そんなこと…やめたほうがいいわ。

 

H:大丈夫だよ、アズ。

  バレるようなヘマしないって。

 

主:それはそうかもしれないけど…私の大事なお友達を、からかわないで…!

 

H:………?

  ……もしかして君、ヤキモチ焼いてるの?

 

主:!

 

H:あれ、ホントに図星?

  …ふふっ。君にそんな風に思われただなんて、光栄だな。

  大丈夫だよ。あの子も、まあそれなりに可愛いけど、君の方が少なくとも100倍可愛いし、ずっと魅力的で素敵だよ。

 

主:…もうっ…そういうのじゃないから!

  とにかく…その…。

  ヘンなこと考えないで…!

 

私は、もうこれ以上ルディと話していられないような気分になって

 

H:えっ?アズ?

 

まだ何か言いたそうな彼を振り切って、その場を立ち去った。

 

 

〔アストリッドの部屋〕

「そういうのじゃない」

…なんて、ルディには言ったけど。本当は。

嘘。

 

私は嫉妬していた。

ルディが言ったように。

 

モニカは。

きっと特別な女の子だ。

 

間違いなくモニカは、ルディが人間ではないことを感じ取っている。

 

私にはできないことだ。

ほとんどの人間がそうであるように。

 

「モニカをデートに誘ってみよう」

ルディがそう言ったとき。

胸にすごく嫌な感じが込み上げてきて、私は普通にしゃべれなくなってしまった。

 

モニカに嫉妬していることも自己嫌悪だったけれど。

そのことを言い当てられて、ルディにあんな態度をとってしまったことも、今となれば悔やまれた。

 

私は、大きくため息をついた。

 

息と一緒に、嫌な気分も吐き出せたらいいのに。

 

そう思ったけれど。

もやもやとした気分は出て行ってくれず、しばらく私の胸にわだかまった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(3)

〔リビング〕

今日はいよいよ修理の日だ。

ジャックはもうやって来ていたし、接蝕も済ませてあった。

ルディは今、地下室…つまり人形工房で眠っている。

 

主:ねえ、叔父さま。

  私、修理のお手伝いはできなくても、ルディに付き添っていたいんだけど…。

 

S:んっ?ああ…。

  実はさ、ルディに頼まれてることがあってね。

 

主:?

 

S:接蝕を終えたら、自分が目を覚ますまでアズを地下室に入れるなってさ。

 

主:え…どうして?

  どうして私はダメなの?

 

S:うーん。

  まあ、病人の頼みだからさ、あれこれ言わずに聞き入れてやってくれないかな。

 

主:……………。

 

そうね…ルディがそう望むなら。

でも私は、少し悲しい気持ちになった。

私、ルディに信用されていないのかな…。

私はルディのオーナーなのに。

 

主:…わかりました。じゃあ、私はここで修理が終わるのを待ちます。

  ジャック、叔父さま。どうかルディをお願いします。

 

J:了解した。さあ、始めるぞ。

 

S:じゃ、行ってくるよ。

 

〔サイラス・ジャック退場・ドアの開閉音〕

 

私は1人、リビングで待っていた。

 

神様、どうか無事に修理が終わりますように…。

ルディの腕が元に戻りますように…。

 

………………。

 

1時間ほどが過ぎた頃だろうか。

 

〔ドアの開閉音〕

 

J:終わったぞ。

 

主:ルディは直ったの?

 

J:問題ない。

  後は休眠から覚めるのを待つだけだ。

 

主:…よかった。

 

J:しかし、今回は器に手を入れているからな。

  普段より目覚めるのが遅れるかもしれん。

 

主:…わかったわ。

  ジャックもお疲れさま。今日は本当にありがとう。

 

J:ああ。

 

主:…ねえ、ジャック。

  私、信用ないのかな。

  修理の手伝いも、付き添うこともダメだなんて。

  私はルディのオーナーなのに。

 

J:………。

  いや、おそらくそういうことではないな。

 

主:?

 

J:組み上げられた人形に好意を持つ人間でも、ばらされたパーツには嫌悪感を抱く場合が少なからずある。

  ホブルディはそんな風に思われることを嫌ったのだろう。

  あいつは自分の外見を、常日頃からずいぶん気にしていたからな。

  …ところで、アストリッド。

 

主:?

 

J:お前のポケットには何が入っている?

 

主:え?

 

言われて、私は自分のポケットをさぐった。

 

…そういえば。

ルディに返すのを忘れてたけど…。

 

私は、昨日ルディが落としたアクセサリーらしきものをジャックにわたした。

 

J:やはりな。

 

主:?

 

J:お前はこれを何だと思う?

 

主:…アクセサリー…かな?

 

剣を模したアクセサリー。

サイズ的にはペンダントトップだろうか。

 

J:ふっ。

  たしかに、このままではそうだろう。

  だが…。

 

そう言うと、ジャックはアクセサリーを軽く握った。

 

するとジャックの指の隙間から、一瞬目もくらむような強い光がもれ。

 

光が収まったときには、ジャックの手には一振りの剣が握られていた。

 

形こそアクセサリーのときと同じだったけれど、その役割を果たすに十分な大きさを持った剣がそこに出現していた。

 

主:…!!

 

私は思わず息を吞んだ。

 

主:これ…本物の剣…?

 

J:そうだ。

 

そう言ってジャックは剣を閃かせた。

 

主:…どういうこと…?

 

今さっきまでそれは、手のひらにすっぽり納まるようなサイズでしかなかったのに。

 

J:簡単に説明すれば、精霊人形が持つ“精霊の力”ということになる。

  もっともこの剣自体が、始原の土から作られていればこそだが。

 

始原の土は、魂…つまり霊を宿すことができる。

だから精霊の力にも反応する…というところなのだろうか…。

 

ただただ呆然と見ている私の前で

 

J:…………。

 

ジャックは、剣を軽く握り直した。

 

すると剣は再び光を放ち。

光が収まったときには、ジャックの手のひらで元のサイズに戻っていた。

 

J:これはホブルディのものだろう。

  お前に返しておく。

 

私は、返された小さな“剣”に目を落とした。

 

こんなミニチュアが、本物の剣に変わるなんて…。

 

私は精霊人形の神秘を改めて見せつけられた気分だった。

 

J:…余興はこれくらいにして、だ。

  アストリッド。

  お前は、精霊人形は人間より優れていると思うか?

 

主:え?

 

J:精霊人形は不老であり、人間よりはるかに長い時間を生きられる。

  しかも、睡眠も食事も必要とせず、精霊の力を利用して人間が持たない特異な能力を発揮することができるのだ。

  その点において、精霊人形は人間を凌いでいると言えるだろう。

  …だが。そんな精霊人形も、決して不死身ではない。

  お前は、精霊人形の人格や記憶…、いわゆる心はどこにあると思っている?

 

主:精霊人形の心…?

  人間なら頭よね…。

  あ、それとも魂…かな?

 

私は精霊人形と出会うまで、魂を現実のものとしては信じていなかった。

でも今は違う。

魂は実在する。精霊人形にも、人間にも。

 

J:答えは、擬似魂ではなく器の方だ。

  魂は物質に命を与える装置の一つに過ぎない。

  もう少し詳しく言うならば、心は器の首から上の外殻に宿っている。

  それは、手足や内部パーツならば取り換えがきくが、首から上…すなわち頭部が大破すれば、その人形の心も失われるということだ。

  つまりは精霊人形の死だ。

 

「精霊人形も死ぬ」

 

初めて聞く話だった。

もしも“擬似魂”…すなわち魂という神秘的なものが心そのものなら、精霊人形の命は永遠たりえるのかもしれない。

でも、器にこそ心があるのなら。

いつかは死を迎えるということは当然なのだろう。

だって、形あるものはいつか必ず壊れるのだから。

 

J:精霊人形もいつかは死ぬ。人間と同じようにな。

  ……いや、多少の復元力があるとはいえ、自己治癒力を持たず、人間を頼らなくては生きられない人形は、ある意味、人間以上に脆いのだ。

  お前もオーナーならば、そのことを肝に命じておくべきだろう。

 

主:…はい。

 

私はジャックの言葉を胸に刻んだ。

 

J:ところで、アストリッド。

  俺の仕事はこれですべて終了だな?

 

主:ええ、今日は本当にありがとう、ジャック。

 

J:ああ。

  また何かあれば俺に相談するがいい。話くらいは聞いてやる。

  では、また会おう、アストリッド。

 

 

〔夜・リビング〕

私は時計を見た。

いつもならとっくにベッドに入っている時間だ。

 

S:…ああ、もうこんな時間か。

  アズはルディが目を覚ますまで起きてるつもりなんだろ?

 

私は頷いた。

 

S:僕は先に休むよ。

  じゃ、おやすみ。

 

主:おやすみなさい。叔父さま。

 

〔サイラス退場・ドアの開閉音〕

 

1人になった私は、窓の外に目をやった。

 

あの日、もしも雨が降らなかったら。

 

私はあの荷物を開けなかった。

 

そしてルディは叔父さまの人形として目覚めただろう。

 

………不思議ね。

 

あの日、雨が降って…荷物を開けて…私はルディのオーナーになった。

 

ルディは目覚めたとき、笑顔でこう言ったわ。

私がオーナーでうれしい…って。

だけど。

今思えば、その言葉はルディの本心だったのだろうか…?

 

ルディは陽気で、無邪気で、人懐こくて。

あの輝くような笑顔を向けられたら、きっと誰もが笑顔になってしまう…そんな人形だ。

でも。

時折人間に投げるあの冷たい眼差しにこそ、彼の本心があるとしたら?

 

私は彼の心に、どんな姿で映っているのだろう…。

 

〔ドアの開閉音〕

 

H:あれ、アストリッド。

  もしかして僕を待っててくれたの?

 

主:ルディ!

 

私は立ち上がった。

そして、ルディの腕に目をやる。

 

主:腕、戻ったのね!?

 

H:うん。ほら。

 

そう言ってルディは手袋をはずすと、私に見せるように手を握って開いた。

 

H:この通り。それに。

 

と、ふいに。

その手は、私に向かって伸ばされ。

やさしく私の髪をなで下ろした。

 

H:…ふふっ。いつも、君の髪ってきれいだなって思って見てたけど。

  こうして触ると、見た目以上にやわらかくてさらさらしてるんだってちゃんとわかる。

  何もかも元通りだよ。

 

主:…………。

 

H:……!

  君、また泣いてるの?

 

主:…だって。…本当によかった…って。

  ……ごめんね、ルディ。

  ルディは、こういうの、嫌いよね。

 

H:……………。〔少し怒ったような顔〕

  僕のことで泣くなんて…そういうの、やめてよ…。

  ……もう。

 

そうよね。涙なんて…。

そう思うのに。

笑顔はつくれなくて。

どうしても泣き顔になってしまう。

 

H:……僕、そういうの…困るんだ…。

  …ホントに…。

  ……………。〔ため息〕

  ……その………困ったな…。

 

こんなにおろおろしているルディを見るのは初めてだった。

でも、私を心配してくれるルディのそんな姿は。

涙でぬれた私の胸をあたためてくれた。

 

 

第5章